E型肝炎について

E型肝炎について

2003年8月、兵庫県における野生シカ肉の生食を原因とするE型肝炎ウイルス食中毒が英医学誌「THE LANCET」に掲載され、本事例はE型急性肝炎発症と特定の食品の摂食との間の直接的な因果関係が確認された最初の報告とされました。また、英科学誌「Journal of General Virology」9月号掲載の報告では、北海道で市販されていた豚レバーの一部からE型肝炎ウイルスの遺伝子が検出され、加熱不十分な豚レバーから人への感染の可能性も示唆されています。
厚生労働省ではこれらの事例を踏まえE型肝炎予防に関する情報提供を目的として、次のとおりE型肝炎に関するQ&Aを作成しました。
今後、E型肝炎に関する知見の進展等に対応して、逐次、本Q&Aを更新していくこととしています。

E型肝炎は、E型肝炎ウイルス(hepatitis E virus、 以下「HEV」という。)の感染によって引き起こされる急性肝炎(稀に劇症肝炎)で、慢性化することはありません。HEVは経口感染しますが、ごく稀に、感染初期にウイルス血症をおこしている患者さん(あるいは不顕性感染者)の血液を介して感染することもあります。E型急性肝炎は開発途上国に常在し散発的に発生している疾患ですが、 ときとして汚染された飲料水などを介し大規模な流行を引き起こす場合もあることが知られています。一方先進国においては、開発途上国への旅行者の感染事例が多かったことから専ら「輸入感染症」として認識されて来ましたが、近年、渡航歴のない「国内発症例」も散見されるようになり、しかも、そのような例から採取されたHEV株は、それぞれの地域に特有の「土着株」であることが明らかになって来ました。自然界における感染のサイクルは未だ不明ですが、ブタなどの動物からもヒトのHEVに酷似するウイルスが検出されていることから、 本疾患を人獣共通感染症の観点から捉える必要性が強く指摘されるようになってきています。

 A型肝炎B型肝炎C型肝炎D型肝炎E型肝炎
原因ウイルスHAVHBVHCVHDV (+HBV)HEV
分類ピコルナウイルス科ヘパドナウイルス科フラビウイルス科サテライトウイルス科未分類(孤立)
主な感染経路経口血液血液血液経口
潜伏期間1~6週1~6ヶ月位1週間~6ヶ月位B型肝炎に類似1~9週間
(平均6週間)
感染の特徴
一過性の感染。
キャリア化することはない。
治癒後に終生免疫が成立。
急性肝炎発症例では、38℃以上の高熱を伴って発症。発熱後数日を経て、全身倦怠感、食欲不振、悪心、嘔吐、右季肋部痛などが現れ、その後褐色尿、黄疸が現れる。
成人例では腎不全を伴うことがある。
成人が感染した場合、不顕性感染で終わることは少なく、重症化することがある。
一般に成人が初めてHBVに感染した場合は一過性の感染。
急性肝炎を発症する場合と発症しない場合(不顕性感染)とがある。治癒後に終生免疫が成立。
特にHBc抗原陽性の母親から生まれた児では、感染を予防せずに放置すると高率(80%以上)にキャリア化する。
乳幼児期に感染した場合にもキャリア化することがある。
B型肝炎ウイルスキャリア(HBVキャリア)の一部は慢性肝疾患(慢性肝炎、肝硬変、肝癌)を発症する。
わが国には慢性肝疾患患者を含めて、100万人から150万人のHBVキャリアがおり、そのほとんどは検査をしなければわからない(自覚症状がない)無症候性のキャリアであることが知られている。
成人が初めてHCVに感染した場合、そのほとんどは、自覚症状がないまま経過し(不顕性感染)、約30%は一過性の感染で治り、約70%はキャリア化することが知られている。
HCVキャリアの母親から生まれた児がHCVに感染してキャリア化する率は1~3%程度に止まる。
HCVキャリアでは、HBVキャリアに比して慢性肝疾患(慢性肝炎、肝硬変、肝癌)を発病する率が高い。
C型慢性肝疾患患者を除いて、わが国には150万人前後のHCVキャリアが存在することが知られている。
かつてデルタ(δ)肝炎と呼ばれていたもの。
D型肝炎ウイルス(HDV)は、HBVに感染している人にのみ感染する(HBVをヘルパーウイルスとする)不完全ウイルスである。
わが国にはHDV感染例は少ない。
一過性の感染。キャリア化することはない。
終生免疫が成立するか否かは不明。
急性肝炎を発症した場合はA型肝炎に類似。
稀に劇症化することあり。妊婦がHEVに感染して発症した場合には、劇症化する率が高いと言われている。
人畜共通感染が疑われている唯一の肝炎ウイルスである。
キャリアの有無
肝がんとの関係
劇症化ありありありあり
診断法
血清学的検査:ペア血清によるHA抗体価の上昇、IgM HA抗体の検出
核酸増幅検査(NAT): HAV RNAの検出
血清学的検査: HBs抗原の検出、ペア血清によるHBc抗体価の上昇、HBc抗体価の測定(HBVキャリアとの鑑別)、 IgM HBc抗体の検出
核酸増幅検査: HBV DNAの検出
血清学的検査: HCV抗体の検出、HCVコア抗原の検出
核酸増幅検査: HCV RNAの検出、リバビリン
血清学的検査:HDV抗体の検出、肝内のHDV抗原(デルタ抗原)の検出
核酸増幅検査: HDV RNAの検出
血清学的検査:ペア血清によるHEV抗体価の上昇、IgM HEV抗体の検出
核酸増幅検査: HEV RNAの検出
治療法急性期の対症療法ラミブジン等にいる抗ウイルス療法、グリチルリチン、ウルソデスオキシコール酸等による抗炎症療法インターフェロン、リバビリン等による抗ウイルス療法、グリチルリチン、ウルソデスオキシコール酸等による抗炎症療法(Bの治療がDの治療)急性期の対症療法
ワクチンHA ワクチンHB ワクチン
(場合によりHBIGを併用)
開発困難HB ワクチン
(Bの予防がDの予防)
HEワクチン開発中

E型肝炎ウイルス(HEV)に感染した場合、不顕性感染が多いとされています(特に若年者)。肝炎を発症した場合の臨床症状はA型肝炎に類似し、高率に黄疸を伴います。平均6週間の潜伏期の後に(稀に数日の倦怠感、 食欲不振等の症状が先行することもあります)、発熱、悪心・腹痛等の消化器症状、肝腫大、肝機能の悪化(トランスアミナーゼ上昇・黄疸)が出現し、大半の症例では安静臥床により治癒しますが、稀に劇症化するケースもあります。
E型肝炎の特徴としては、妊婦で、特に妊娠第三期に感染した場合、致死率が20%に達するとの報告があることです。また、大流行でも散発例の場合でも罹患率が青年と大人では高く、 小児では低いこと(A型肝炎は通常小児の間で流行する)です。

血清学的検査では、ペア血清を用いて、HEV IgG抗体価の上昇により診断します。
またIgM抗体の検出によっても診断できますが、現在のところIgM抗体の検出系の精度には問題があるとされています。
確実な検査法としては、核酸増幅検査(NAT、RT-PCR)によるHEV RNAの検出があげられます。

E型肝炎の治療方法は、現在のところ急性期の対症療法しかありません。劇症化した場合には、さらに血漿交換、人工肝補助療法、肝移植などの特殊治療が必要となります。

ワクチンは開発段階です。
A型肝炎ウイルス及びE型肝炎ウイルスの感染経路は経口感染であり、ウイルスに汚染された食物、水の摂取により罹患することが多いので、予防には手洗い、飲食物の加熱が重要です。
E型肝炎流行地域へ旅行する際は、清潔の保証がない飲料水(氷入り清涼飲料を含む)、非加熱の貝類、自分自身で皮をむかない非調理の果物・野菜をとらないように注意する必要があります。

E型肝炎は、中央アジアでの流行は秋に見られる一方、 東南アジアでは雨期に、 特に広範に洪水が起こった後に発生するといわれています。
E型肝炎は糞口経路によって伝播し、 中でも水系感染による大流行がこれまでに報告されています。1955年、 ニューデリーで急性肝炎の大流行が発生しましたが、 これは糞便によって汚染された飲用上水が共通の感染源となっていました。この流行では黄疸性肝炎と診断された症例だけでも29,000人に及んでいます。これに似た水系感染による大流行が中央アジア、 中国、 北アフリカ、 メキシコなどでも報告されています。近年においてもこのような大規模な流行がしばしば報告され、 1991年、 8万人近い集団感染が報告されたインドの例でも飲料水の汚染が原因でした。1986~1991年には中国の新彊ウイグル自治区で5回にわたって大規模なE型肝炎の流行がみられています。毎年この地域では、 秋季にHEV感染者が急激に増加する傾向にあるといわれています。
日本をはじめとする先進国でもE型肝炎の発生は時折見られますが、大部分は発展途上国で感染をうけ、 帰国後発症した輸入感染例ですが、近年、 日本や米国などで海外渡航歴の無いE型肝炎の散発的な発生例が報告されています。

日本におけるE型肝炎は症例自体が多くはなく、全て散発的な発生です。その発生もE型肝炎が日常的に発生している国への旅行者が感染して帰国後発症する輸入感染例が大部分を占めています。
感染症発生動向調査で1999年4月~2002年9月にE型肝炎と報告された患者は7例でしたが、HEV感染が確認されたのは4例で、その内訳は核酸増幅検査によるHEV RNAの検出により診断された例が2例、 ELISA法による抗体検出により診断された例が2例でした。確認例は20代と50代の男性で、 推定感染地は国外3例(中国、 インド・ネパール、 インド)、 国内1例でした。
ただし、E型肝炎であると確認された全ての例が感染症発生動向調査に報告されたわけではありません。論文・学会等で発表されたデータによれば、同期間(1999-2002年)内に10例以上の国内感染例が存在していますから、日本におけるE型急性肝炎の発生はさらに多く存在すると推定されます。
1993年に採血された日本の健常人血清におけるHEV抗体保有率は5.4%(49/900)で、 20代以下では非常に低く(0.4%)、 30代(6.2%)、 40代(16%)、 50代(23%)と年齢が高いほど保有率も高いことが報告されています。

感染経路は経口感染であり、HEVに汚染された食物、水等の摂取により感染することが多いとされています。ヒトからヒトへの感染は報告されていません。

従来、E型肝炎の発症と特定の食品の摂食との関係が直接的に確認された事例の報告はありませんでした。
 食品の関与が強く疑われる事例として、本年3月に日本で発生した2名のE型肝炎患者(1名は回復期血清に於いてHEVのIgM及びIgG抗体が陽性であったことによって診断、1名は核酸増幅検査により急性期の血清の中にHEV RNAを検出することによって診断)は、いずれも同じ野生のイノシシの肝臓を生食後に発症(1名は劇症肝炎で死亡、他方も重症肝炎であったが回復)した例でした。この2名はE型肝炎流行地域への渡航歴はなく、両名は本年1月下旬と2月上旬に5回にわたって、同じ野生のイノシシの肝臓を生食していました。この事例では、イノシシの肝臓が残っていなかったため、イノシシの肝臓の生食が直接の原因であることを証明するには至っていません。
近年、 先進国においてHEV常在地への渡航歴のない急性肝炎患者からHEVが検出され、 そのHEVが当該地のブタから採取されるHEVと極めて類似していることなどから、本疾患が人獣共通感染症である可能性が示唆されています。
また、各種の動物がHEVに感受性のあることが示され、 最近日本の豚について行われた調査でも生後60日の豚73頭中2頭と生後90日の豚22頭中1頭からHEV遺伝子が検出されています。

本事例は、特定のシカ肉を生で食べた4名が6~7週間後にE型肝炎を発症し、患者から検出されたHEVと一部保存されていたシカ肉から検出されたHEVの遺伝子配列が一致したこと、当該シカ肉を全く食べていないか、又はごく少量しか食べなかった患者家族はHEVに感染しなかったことが確認され、E型急性肝炎発症と特定の食品の摂食との直接的な関係が確認された最初の事例とされています。

日本に生息する野生のシカは、狩猟や有害鳥獣駆除によって全国で年間約10万頭捕獲されています。捕獲されたシカは食肉処理業者によって解体処理され、食肉として流通しています。年間300~400トン程の消費があると言われており、うち国産は200~300トンであると推定されます。

野生動物の肉等を生で食べることは避けることが望ましいと言えます。
E型肝炎ウイルスは妊婦や高齢者に感染すると劇症肝炎を発症し、死亡する率が高いという研究結果があることから、妊婦及び高齢者は特に野生動物の肉等を生で食べることを控えるべきです。
野生動物が人獣共通感染症や食中毒の原因となる病原微生物、寄生虫類等を保有している可能性は、常に念頭におく必要があります。過去にも、野生動物の肉の生食は腸管出血性大腸菌感染症、トリヒナ症及び肺吸虫症等の原因となっています。これらの病原体は一般に通常の加熱によって死滅することが知られていることから、野生動物の肉等を食べる際には加熱を十分に行うことにより感染を避けることができます。
なお、今回報告された事例は、シカ肉中から検出されたHEVの濃度が高いため、処理の過程で肝臓から汚染されたのではなく、シカ肉内に残留する血液中に含まれていたHEVが感染源となった可能性が高いと考えられます。

2003年9月発行のJournal of General Virologyでは、北海道の食料品店で市販されていた包装済みの豚生レバー363件中7件(1.9%)からHEV RNAが検出され、そのひとつは北海道在住の86歳の患者から分離されたHEVと遺伝子配列が100%一致したことが報告されました。さらにE型肝炎に感染した患者10人のうち9人(90%)が、発症前の2~8週の間に焼いた又は加熱不十分な豚レバーの喫食歴を有していました。この報告では、以前から豚レバーを食している患者がなぜ今回感染したのか、豚レバーには感染力があるE型感染ウイルスが存在したのかなど、解明するべき疑問はあるものの、加熱不十分な豚レバーが人にHEVを感染させる可能性が指摘されています。
なお、同一の豚レバーを食べた患者家族からの聞き取り調査およびHEV抗体検査により、十分に加熱して摂食した家族では感染がなかったことが分かっています。

豚レバーなどに万一ウイルスが残っていたとしても、通常の加熱調理を行えばHEVは感染性を失うため、豚レバーなどの豚由来食品を食べることによる感染の危険性はありません。ハム・ソーセージ等の加熱済み食品についても、HEVは、63℃で30分間と同等以上の熱処理で感染性を失うため、心配はありません。

めん羊、山羊からもHEV抗体が検出されるとの報告がありますが、通常の加熱調理を行えばHEVは感染性を失うため、食肉を食べることによる感染の危険性はありません。
なお、厚生労働省では腸管出血性大腸菌食中毒予防の観点から若齢者、高齢者のほか抵抗力の弱い者については、生肉等を食べさせないよう従来から注意喚起を行っています。

<参考文献>

<国立感染症研究所感染症情報センター>
病原微生物検出情報(月報):IASR
http://idsc.nih.go.jp/iasr/23/273/dj2733.html
感染症発生動向調査週報:IDWR 感染症の話
http://idsc.nih.go.jp/kansen/index.html

<米国 CDC>
http://www.cdc.gov/ncidod/diseases/hepatitis/index.htm

<厚生労働省>
http://www.mhlw.go.jp/topics/0105/tp0502-1.html

<御協力を頂いた専門家>(50音順)

岡本 宏明 先生(自治医科大学教授)
鈴木 宏  先生((財)ウイルス肝炎研究財団理事)
品川 邦汎 先生(岩手大学農学部教授)
武田 直和 先生(国立感染症研究所ウイルス第二部第一室長)
三代 俊治 先生(東芝病院研究部部長)
宮村 達夫 先生(国立感染症研究所ウイルス第二部長)
吉倉 廣  先生(国立感染症研究所長)
吉澤 浩司 先生(広島大学大学院教授)